2009-01-21
背景に政争、巡礼できず

パレスチナとイスラエルの問題は、2000年前に遡ります。

17日、パレスチナ自治区ガザ南部で、イスラエルのミサイル攻撃によって立ち上る煙(AP)

イスラエルが、ローマの植民地になった後、イスラエル人が、ローマに徹底的に反抗したため、首都エルサレムは壊され、そこにいたイスラエル人(ユダヤ人)は、追放され、各地に散らばりました。

17日、テルアビブで記者会見するイスラエルのオルメルト首相(AP)

そこにやってきたのが、現在のパレスチナ人(歴史的には、現代の国家でおおよそイスラエルとパレスチナ自治区、ヨルダンのうち東部の砂漠地域以外、レバノンとシリアの一部を指す。特に、旧イギリス領パレスチナにあたる、現在のイスラエル、パレスチナ自治区、ヨルダンを指すこともある。

第二次世界大戦後は、より狭く、ヨルダン川より西の、現在のイスラエルとパレスチナ自治区を指すことが多い。パレスチナ人とはこれらの地域の人々だが、後述するようにパレスチナ人と呼ばれるには地理的な条件以外も必要である。

最も狭義には、パレスチナ自治区にあたる地域、もしくは政体としてのパレスチナ暫定自治政府を指す。これは地理的には一つながりではなく、ヨルダン川西岸とガザ地区に分かれている。

中世以降の主要な住民はアラビア語を日常語とするムスリム(イスラム教徒)、キリスト教徒、ユダヤ教徒(ミズラヒム)である。前2者とごくわずかのミズラヒムが、近代以降世界各地から入植してきたユダヤ人に対して、アラブ人とされパレスチナ人と呼ばれる。)です。

そして、時間が経過し、世界に散っていたユダヤ人の間に、故郷の地に、自分たちの国を創ろうという機運が高まります。

この当時パレスチナは、トルコの領土で、パレスチナ人の間に独立の気運が高まっていました。

第一次大戦で、イギリスは、トルコに勝ったらユダヤ人国家を創ると、ユダヤ人に約束し、パレスチナ人にも、パレスチナの独立を約束します。

結局どちらの約束も反故にされ、独立するのは、第2次大戦後となります。

この時、圧倒的な人数がいるパレスチナ人と、少数のユダヤ人とに、同等の領土の分割が行われたため、パレスチナ・アラブ側は、分割反対を表明し、中東戦争となります。

何回かの中東戦争は、全てイスラエル側の勝利で、現在に至っています。

ガザ大規模空爆、140人死亡

イスラエル側の立場に立てば、自分たちがチョットの間留守にした土地を、アラブ人に乗っ取られたのを取り返した。 とおるでしょうし、
パレスチナ人とすれば、ユダヤ人が放棄した土地を自分たちが維持してきたのを、勝手に取り上げた。

ということです。

イスラエル人には、人種の坩堝と言われているユダヤ人が政治・経済で社会の主要部分で大半を占めるアメリカが常に付いています。
と言うより諸事情からイスラエルの味方をするしか有りません
経済力で押し込もうとするため、世界の嫌われ者になり、故郷を捨ててイスラエルにいまだに集まり続けています。

イスラエルの一方的停戦が発効した18日、Vサインを突き上げながらガザ地区から帰還する同国軍兵士。3週間余で1200人以上の犠牲者を出した大規模な戦闘は、終結に向けて重要な一歩を踏み出した(AFP=時事)

そのため、イスラエルとしても、新たな入植地が必要であり、簡単に占領地から撤退できない現実があります。
サウジアラビアのイスラム教聖地メッカへの巡礼を希望するパレスチナ自治区ガザの住民数千人が30日、域外への渡航を阻まれ立ち往生している。アッバス自治政府議長の支持基盤ファタハと、ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスの対立が背景にあるもようだ。
 ガザ住民は通常、南部のラファ検問所を抜けてエジプトに入り、メッカに向かう。ところが、従来は巡礼者向けに開通していた同検問所は閉ざされたままだ。
 ロイター通信によると、サウジ当局は同国への渡航ビザを自治政府経由で申請した希望者のみに発給。この措置に反発するハマス指導者は、サウジがハマス経由のビザ発給を認めない限り、渡航を認めないと強調した。
 ハマス側は「エジプトが検問所を閉ざしている」と釈明に努めるが、エジプト側は巡礼者には越境を認めていると主張している。

17日、イスラエル軍が攻撃したパレスチナ自治区ガザの国連学校から逃れた人々(ロイター)

イスラエルのオルメルト首相は17日夜(日本時間18日未明)、国民向けにテレビ演説し、イスラム原理主義組織ハマスが支配するパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃の「一方的停戦」を宣言した。イスラエル軍は18日午前2時(同午前9時)、攻撃を一方的に停止。ガザ情勢は一応、収束の方向へ動き出したが、約7時間後に少なくとも8発のロケット弾がイスラエル側に撃ち込まれ、軍は発射地点付近を報復空爆した。小規模な戦闘も続いており、沈静化に結びつくかどうかは流動的だ。(毎日新聞)

イスラエル紙ハアレツ(電子版)によると、パレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスとの戦闘を一方的に停止したイスラエル軍が18日夕、イスラエルへの撤退を開始した。ハマスが同日午後、停戦宣言をしてから数時間後に作業が始まったとみられる。先月27日からの大規模戦闘は収束に向け、大きく動き出した。(産経新聞)
この問題に理解し易い結論があったら教えて下さい。
バラク・フセイン・オバマが44代米国大統領としてこの問題にどの様な進展を示すのか興味深い問題です。
 停戦に向けた条件が折り合わない中、訪米したイスラエルのリブニ外相は16日、ワシントンでライス米国務長官と会談し、ハマスの武器密輸摘発に向けた措置を講じることで合意、覚書に調印した。リブニ外相は同日、「停戦はハマスとの合意に基づく必要はなく、ハマスに敵対しつつ、調整の中で実現させてもいい」と発言。停戦の第1条件としていたガザへの武器密輸防止に関する国際的な態勢づくりが進展したことが、イスラエル政府の決断を後押しした。
 米政府はこれまで、イスラエルのガザでの戦闘を「自衛権の発動」と擁護する一方、ブッシュ政権の任期が切れる20日までに停戦にこぎ着けたいとして、外交工作を進めていた。イスラエルと米国の合意内容は、武器密輸を監視する機器の活用や、周辺海域に展開する北大西洋条約機構(NATO)加盟国への艦艇参加要請など。米国務省当局者によれば、密輸監視や阻止にあたる米側要員をガザや近隣のエジプトに派遣することまでは想定していないという。
 もっとも、イスラエル政府高官は、フランス通信(AFP)に対し、当面は部隊をガザ内に駐留させ、ハマスが反撃してきた場合は攻撃を再開するとの意向を明らかにしている。ハマスの対応をみて、順次、部隊を撤収させる方針とみられる。