2009-03-13
金賢姫元工作員と面会 「救出への突破口に」

 拉致被害者、田口八重子さん=拉致当時(22)=から日本語教育を受けた大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元北朝鮮工作員(47)と釜山市内で面会した田口さんの兄、飯塚繁雄さん(70)と、長男の耕一郎さん(32)が11日午後、記者会見に臨んだ。会見でのやりとりは以下の通り。

会見で記者の質問に答える金賢姫元死刑囚(右)と田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん(中央)と兄の飯塚繁雄さん

 繁雄さん きょうは本当に劇的な感激の日を迎えることができて非常にうれしく思った。お会いしたいという要望をかなえてくれた韓国政府、日本政府、関係された方の(協力の)たまものだと思っている。まず金賢姫さんには私の妹、田口八重子の存在をはっきり証言していただいたことに非常に感謝している。今後もこの日をきっっかけに、それぞれの幸せに向けての進展があればと考えている。

 耕一郎さん 今回の面会にあたり、多大なご協力とご理解をいただいた韓国政府の皆さまに感謝したいと思う。また日本政府にもご尽力いただいた。5年越しの面会がかなって、皆さまに感謝してもしつくせない。金さんが私の母である田口八重子さんに関して、本当にはっきりと生きていますと証言いただき、われわれの救出活動に新たな希望がもてた。金さんから温かい言葉で、「私が韓国のお母さんになりますよ」と言っていただき、うれしい気持ちでいっぱいだ。

「お母さんは生きていますよ」

 金元工作員 難しい状況の中で、人道的立場からご家族に会えるようにしてくれたことに感謝の言葉を申し上げる。日本語を教えてくれた田口八重子さんのご家族に会えるということで、数日間あまり眠れなかった。うれしくて、感激して、田口さんのことを思いだしながら眠れなかった。耕一郎さんはお母さんに似て、ハンサムだ。田口さんが息子に会ったことを知ったら、どれだけ喜んだだろう。この場に田口さんがいたら、どんなに良かっただろう。

 −−(金元工作員へ)なぜこのタイミングで会おうと思ったのか。耕一郎さんの手紙に返信しなかったのはなぜか?

 金元工作員 耕一郎さんが送ったという手紙だが、(マスコミから逃れるため)避難生活をしていたので受け取れなかった。そのような環境の中で、日本の録画放送を見て、田口さんの息子に必ず会いたいと考えていた。両国政府の協力で会えたことをうれしく思う。

 −−(金元工作員へ)97年の結婚以降、公の場に出なくなった。政権が変わり、国家情報院が本人をそっとしておかなかったと主張したが、その意図は?

 金元工作員 97年に結婚をし、社会とは距離を置いて、亡くなられた(大韓機爆破事件の)遺族の方々の痛みを感じながら、静かに過ごそうと思っていた。盧武鉉政権で皆さんがご存じの通りのことがあった。現政権が、前政権であったことを調べているというので、その結果を待っている。

 −−(金元工作員へ) 田口さんが、77年から78年にかけて拉致された韓国人4人のうち1人と結婚したという情報があるが?

 金元工作員 87年にマカオから戻り、1月から10月まで招待所生活をしていてそこで聞いた話では、田口さんがどこに連れて行かれたかは特定できない。死亡したとは思えないので、どこかにいると考えている。86年代にほかの拉致者もそうだが、結婚させたという話があった。田口さんの結婚相手については聞いたことがない。

 −−(金元工作員へ) 大韓航空機爆破事件の遺族が面会を要請しているが応じる気はあるか?

 金元工作員 97年12月、本を出版した印税を渡しながら、遺族と会ったことがある。お互いに泣き、幸せに暮らそうと約束した。前政権において(金賢姫元工作員がニセ者という)疑惑が提示された。大韓航空機爆破事件は北の仕業という証拠がないということで、一部の遺族がそう話している。はっきりと言いたいことは、テロであり、私がニセ者ではないということを申し上げたい。遺族が、北朝鮮のテロであるということを認めるなら会いたい。

 −−(金元工作員へ) 横田めぐみさんについては?

 金元工作員 めぐみさんは同僚の工作員、金淑姫に日本語を教えていた。87年海外実習が終わってから、めぐみさんが韓国の人と結婚し、娘を産んだと聞いた。その後、精神的な病気になり、入院したがそれほど深刻ではなかったということも聞いた。横田めぐみさんが死亡したというのは信じられない。北朝鮮が(提出した)さまざま書類があるが、確認してから今後話したいと思う。

 −−拉致問題解決ための手段はあるか? 今回の面談について?

 繁雄さん 今回の面談については、日韓両国の共同の協力の下で(拉致問題解決を進める)いいきっかけになったのではないか。日本の被害者についての北朝鮮からの報告書はすべて捏造(ねつぞう)された書類だ。全員が生きているということを信じて、これからも活動していく。とくに韓国政府は、北朝鮮の情報を持っているのではないかと思っている。(問題解決のため)より具体化していただきたいとう希望を持っている。

 金元工作員 日本人の拉致被害については日本政府が長い間携わって、20年以上になった。活動をみて感じたことは、北朝鮮のプライドを守ってあげながら、心を動かすことが大事だ。そのような点を考えながら、帰国させるように努力すれば、おそらく奇跡は起きる。5人が帰国した前例がある。北朝鮮では死んだ人が生きていたりするから、奇跡が起きる。昨年、北朝鮮はテロ支援国指定を解除された。北朝鮮はそれを歓迎するといった。テロ支援国家指定も解除されたのだから、死亡したとだけ主張せずに、故郷に戻ってこられるように、最小限、家族に会えるようにすることが大切だ。それが北朝鮮にも役に立つことだと思う。(産経新聞より引用)

*私が余計な注釈をして本文を煩雑にするより産経新聞を掲載した方が理解するに易かろうと思い会話を其の侭 掲示した。
産経さん有難う

大韓航空機爆破事件

大韓航空機撃墜事件(だいかんこうくうきげきついじけん)は、1983年9月1日に大韓航空のボーイング747が、慣性航法装置 (INS) への入力ミスが原因でソビエト連邦の領空を侵犯したために、ソ連防空軍[1]の戦闘機により撃墜された事件。乗員乗客合わせて269人全員が死亡した。死者は多数の国籍に及び、ソウル経由で日本へ帰国する途上であった日本人乗客も28人おり、アメリカのラリー・マクドナルド下院議員も含まれていた。

なお、大韓航空はこの5年前にも航法ミスでソ連領空を侵犯し、ソ連軍機に迎撃されている(大韓航空機銃撃事件)。