2009-03-19
 『歌詞』

朝、ひげを剃りながら突然思い付きました。
大体ひげを剃っている間は頭はかなりヒマなもので、色々考え事も出来るものです。
「キャーロがナクんでアメズラ〜ヨ〜」と云うのは、かなりアングロサクソン系な音だと思っていたんですけど、何だ立派に日本語じゃないか、しかも静岡弁で。と云う事に今更ながらも初めて気付いたのでした。


静岡民謡で『ちゃっきり節』だもんね。私の家内は熱海の出身で、静岡県です。しかもお遊び程度ですが、実家でもお茶畑があり、数年前までの連休には私もそこで、たいして役にも立ちませんでしたが、お茶摘みを手伝ったりもしていました。
ですから実際のお茶摘みも知っていますが、決して「チャッキリ、チャッキリ」なんて云う感覚でお茶摘みはやりませんから、これがお茶摘みだと云う事に、たった今まで気付かなかったんです。
大体静岡と云うのはノンキでおおらかな土地柄で、こう云う事にもいちいちうるさく言い立てたりはしません。がしかし「チャッキリ、チャッキリ、チャッキリナ」と云うんではあまりにも実感とはかけ離れているだろうとは思いますが。「キャーロ」もねえ。
こうなると、ついでにもう一つ気になる歌が出て来ました。
「ズイズイズッコロバシ、ゴマミソズイ、チャツボニオワレテ、トッピンシャン、ヌケタラドンドコショ」う〜ん、これもかなり外来語的で手ゴワイ。トッピンシャンとは何ぞや。何が何処に抜けるんだろう?何を転ばすのかよく分かりませんが、こちらはわらべ歌と云うカテゴリーのものでしょう。産地は不明です。
井戸の回りでお茶碗かいたのだあれ、とありますが。私の感覚だと、お茶碗を洗うために水につけておく事を、「かいた」と云うんだろうな、と考えていましたが、どうも「欠いた」の方が正解でしょうね。
 歌詞の中には、情景を想像すると不思議なものが結構あります。青山テルマと云う娘が『大っきらいでもありがと』と云う歌で「今どこかでばったりあなたに会ったら、なぐってやるって思ってる」と歌っていますが、これなんか初めて聴いた時には驚きましたよ。ぶっそうな話しですよねえ。いきなり道ばたで年端もゆかない娘になぐり掛かられたりするのも何ですよ。思い当たるふしがある御仁は呉々もお気を付け下さい。


 東京駅の八重洲口にシャングリラホテルがオープンだそうです。リッツ・カールト
ン、マンダリン・オリエンタル、ペニンシュラに続いてのラグジャリーホテルの進出です。
ユーミンだとか、他にも誰かの歌に、「シャングリラ」と云うのが出て来ます。「シャングリラ」と云う語も歌詞に使い易い言葉なんでしょうねえ。普段は使わないけど。同じく外来語では「ディジャブ」も近頃よく使われますが、普段いきなり「ディジャブ」と言われてもよくわかりません。歌詞には使い易い便利な言葉なんだろうとは思いますが、あまり一般的では無い様な気がしますが。
 言葉で聴きながら情景を想像するものの極め付きは、やはり落語でしょう。
現在、小学館からCD付のマガジンで『落語昭和の名人決定版』と云うのが隔週で出ています。志ん朝の壱と弐と円生の壱を買いました。かなり割安になっています。私のアイポットには既に志ん朝と円生は沢山入っています。円生の『火事息子』と云うのは何回聴いても思わずうるうるして来ます。アイポットで電車の中で聞く時には困ります。桑田佳裕がアルバム『トップオブザポップス』の中で『よいとまけの唄』を歌っていますが、大変上手く歌っていて、感情が盛り上がりこれも同様です。   
  
                              

 09.03.06.