2009-03-23
それにつけても金の欲しさよ

先日、長野と群馬両県にまたがる浅間山が爆発して話題になったことがある。浅間山の爆発で特に有名なものに1783年(天明3年)の「天明の爆発」がある。死者2000人を出した爆発により、農作物は壊滅的な被害を受け、翌年から深刻な大飢饉が起こった。その頃、活躍した狂歌師に大田南畝(おおたなんぽ)がいる。

南畝の作に「世の中は いつも月夜と米の飯 それにつけても金の欲しさよ」という狂歌がある。それにつけても金の欲しさよ・・・これほど今の世相をあらわしている言葉はないのではないかと思う。
「2兆円もばら撒くなら本当に困っている人のために使え!」と奇麗ごとを言っていた連中が、今では「俺のところは何時くれるんだ」「貰ったら何に使おうか」「くれるのなら早くくれ」と変ってきている。
何だかんだ言っても「それにつけてもの欲しさよ」である。

VS

参院予算委員会で答弁する麻生太郎首相。北朝鮮が「人工衛星」を発射した場合の対応について、「4月13日には制裁期限がくる。制裁をさらに強める案を含めて総合的に判断する」と述べた(19日午前、国会内) 

日本は今まで全てを経済成長に向けて動いていた。先の大戦で敗戦したため、食うや食わずの生活を強いられた日本を、何とか毎日3度の米の飯を食べられる様な国にしようと、当時の日本人は努力に努力を重ねた。お蔭で日本経済は高度成長期を迎え、世界の先進国の仲間に復帰出来るまでに至った。
日に3度の米の飯が当たり前となったとき、米が食える様になれば肉を、酒を、デザートを・・・と、欲望は膨張を止めることがなくなった。多くの国民は、自分や家族が贅沢を味わうために、1円でも多く給料を貰うよう算段をした。一方、企業は海外に目を向け、機械化を促進し、効率アップとコストダウンばかりを考えるようになり、その結果日本人は職を追われ失業者が町に溢れるようになった。人間が自らの手で作り、こだわりを持って手間を惜しまず良いものを作り、それによって生活の糧を得て3度の米の飯を食べていく・・・そういう大事な生き方を忘れてしまったことが悪しき結果を招いてしまったのではないか。日本が希望に満ちていた時に輝いていた農業、漁業、林業、零細の製造業が傾いている今、日本は本当に豊かなのだろうか、人々に笑顔はあるのだろうかと思う。

今、100年に一度と言われる未曾有の大不況が世界を襲っている。前述したように農業、漁業、林業、零細の製造業は、日本が希望に満ちていた時に輝いていた。それらの業種が斜陽化した現在、高齢化と後継不足が顕著となり、真面目に働き日本を支えてきた人々は廃業を余儀なくされている。一方では働き盛りの青年が、マネーゲームにばかり現を抜かしている。
FXだ、デイトレードだと、パソコンに齧り付いてギャンブルと変わらない作業を行い、睡眠時間や家族との談話を削り、酒やタバコ、ドラッグなどの侘しい欲望に耽り、本当の生き甲斐や幸せの指針を持たない人間ばかりが増えてしまった。職人が長い時間をかけて丹精込めて作ったものを売った収入よりも、厳しい下働き修行を経て一人前と認められた板前が得る収入よりも、鼻くそをほじりながらキーを叩いて相場の中から金を得る方が楽でリッチになれる。
そこには学歴も前歴も性別も国籍も経験も何も要らない。これが「豊か」なのか、これで「笑顔」が生まれるのか。真に価値あるものを見失い、すべての幸せは「金」に通じるという考え方が蔓延る世の中と、それを黙って享受している現代日本、この迷走はいつまで続くのだろうか、行く末が案じられる。

「それにつけても金の欲しさよ」蓋し名言である。

大田 南畝(おおた なんぼ、寛延2年3月3日(1749年4月19日) - 文政6年4月6日(1823年5月16日))は天明期を代表する文人・狂歌師。漢詩文、洒落本、狂詩、狂歌などをよくし、膨大な量の随筆を残した。
名は覃(ふかし)。通称、直次郎、七左衛門。別号、蜀山人、玉川漁翁、石楠齋、杏花園。狂名、四方赤良。また狂詩には寝惚先生と称した。
江戸の牛込生まれ。勘定所幕吏として支配勘定にまでのぼりつめたが、一方、余技で狂歌集や洒落本などを著した。 唐衣橘洲(からころもきっしゅう)・朱楽菅江(あけらかんこう)と共に狂歌三大家と言われる。寛政の改革により戯作者の山東京伝らが弾圧されるのを見て狂歌は止める。蜀山人はそれ以降の筆名。墓は小石川の本念寺(文京区白山)にある。

誰が詠んだか解らないが下記言い回しも え〜っと今の総理大臣は誰だっけ

似たような言葉に「世の中は さようしからばごもっとも そうでござるか しかとぞんぜぬ」というのがある。

あっそう