2009-05-14
金総書記三男が実績づくり「150日戦闘」主導か

韓国の聯合ニュースは11日、北朝鮮の金正日労働党総書記の三男、正雲氏が、最近、同国で始まった「150日戦闘」を主導していると報じた。同ニュースは正雲氏が後継者に内定したとの見方を重ねて伝えており、「実績づくり」の意味があるとしている。
 北朝鮮消息筋によると、正雲氏は1月以後、金総書記の公開活動にすべて同行。まだ20歳代の正雲氏には実績がないことから、金総書記に対する忠誠心を誇示する一方、国民総動員で経済再建を目指す「150日戦闘」のほか、さまざま行事を指揮しているという。 (時事通信)

三男、金正雲氏の顔写真公開

北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の三男、金正雲(キム・ジョンウン)氏の顔写真が公開されたとKBSが12日に報じた。金正雲氏は金委員長の後継者として有力視されているとの説がでているが、これまで一度も外部に顔を公開していなかった。

KBSは1989年から13年にわたり金委員長の専属料理人だった日本人の藤本健二さんから金正雲氏の11歳当時の写真を提供された。藤本さんはインタビューで、「最近のものはだめだと幼いころの写真をくれた。絶対に公開してはだめだと言われた」と話した。

また、「金正雲氏は年齢は若いが洞察力と実践力を備え未来の指導者として遜色なかった。後継者になる可能性については現在北朝鮮の政権で実権を持つ張成沢(チャン・ソンテク)氏の選択にかかっている」と述べた。一方、これまで金委員長の後継者として取り上げられた人物は金正雲氏のほか、長男の金正男(キム・ジョンナム)氏、二男の金正哲(キム・ジョンチョル)氏の3人だ。北朝鮮の後継構図は来月8日に開かれる最高人民会議代議員選挙を通じて輪郭が現れる可能性があるとKBSは伝えている。

韓国の聯合ニュースは、北朝鮮の金正日総書記が、3男の正雲氏を後継者に決定したと報じた。情報源は明らかにしていない。
  聯合ニュースによると、金総書記は今月、朝鮮労働党の指導部に対し、後継者を決定したことを伝えた。正雲氏は1984年生まれで金総書記の3番目の妻、高英姫氏(故人)との間の子供だという。
  金総書記が昨年9月9日の建国60周年記念式典に欠席したことから、健康悪化説が広がっていた。北朝鮮は同総書記が脳梗塞(こうそく)を患ったとの報道を公表した。
  金総書記の健康はじん速に回復しているものの、病気を契機に不安を抱いたのだろうと聯合ニュースは報じている。

*芸能界復帰が決まったスマップの丸出し男に翻訳を頼もうにも同時期に同署の房にいた 社員 も彼とは扱いが違った様で私用の色紙も未入手です。

北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の三男、正雲(ジョンウン)氏が最近、国防委員会の末端職「指導員」として後継者修業を始めたと伝えられた。
 ある対北朝鮮情報筋は26日、第12期最高人民会議(国会に相当)の第1回会議が行われた数日前、正雲氏に国防委員会指導員の職が与えられたと承知していると述べた。別の情報筋も同じ情報を伝えたが、正雲氏が具体的にどのような業務を担当しているかは確認できていないとした。
 金総書記が朝鮮労働党から後継コースを歩み始めたのとは異なり、正雲氏が国防委員会から後継コースを始めたのは、金総書記が掲げる「先軍政治」のためとみられる。金総書記が労働党指導員から高官職まで昇進したように、正雲氏も今後、国防委指導員から課長、参事、局長など高官職に昇進していくことになると予想される。
 金総書記は、1964年に金日成総合大学を卒業後、党組織指導部の末端職、指導員として公職に入り、1966年組織指導部責任指導員、1967年宣伝扇動部課長を経て、宣伝扇動部副部長、部長と昇進した。1973年に当時の金日成(キム・イルソン)党総秘書に次ぐ実権者、組織秘書および宣伝秘書に任命、翌1974年2月の第5期朝鮮労働党第8回全員会議で後継者に推戴された。
 正雲氏の国防委指導員任命が伝えられたことで、今回の最高人民会議で国防委員会の組織を拡大し位相と役割を強化したのは、後継構図の構築を念頭に置いたものだとの見方も信ぴょう性を帯びてきた。
 現在、常設機関システムを備える国防委員会の職制は、委員長、第1副委員長、副委員長、委員のほかは、いまだ労働党ほど業務分担とそれに伴う職責は組織的に備わっておらず、個別人事で指導員、課長、室長、参事、局長などの職責が与えられるとみられる。国防委指導員は、労働党末端職の部員と同位置。労働党の職責は、部員、責任部員、副課長、課長、副部長、部長、党秘書の順に位が上がる。本来、労働党の末端職も指導員だったが、1990年代中盤の「指導」で、権威主義のにおいがするという金総書記の指摘から、部員に変更された。

北朝鮮メディア、国防委員全員の顔写真を初公開

北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」と内閣機関紙「民主朝鮮」が、今月の最高人民会(国会に相当)第12期第1回会議で選出された国防委員会の委員全員の顔写真を公開した。北朝鮮メディアが委員まで国防委全員の写真を掲載し内外に公開するのはこれが初めて。
 16日に入手された同機関紙は、最高人民会議翌日の10日付紙面に、国防委の趙明録(チョ・ミョンロク)第1副委員長、副委員長の金英春(キム・ヨンチュン)人民武力部長と李用茂(リ・ヨンム)氏、呉克烈(オ・グクリョル)氏のほか、委員の全炳浩(チョン・ビョンホ)党軍需工業部長兼秘書、金鎰チョル(キム・イルチョル)人民武力部第1副部長、白世鳳(ペク・セボン)第2経済(軍需工業)委員長、張成沢(チャン・ソンテク)党行政部長、朱相成(チュ・サンソン)人民保安相、禹東則(ウ・ドンチュク)国会安全保衛部副部長、朱奎昌(チュ・ギュチャン)党軍需工業部第1副部長、金正覚(キム・ジョンガク)総政治局第1副局長の順で写真を掲載している。
 北朝鮮メディアは2003年9月の最高人民会議結果を伝える際には、国防委副委員長以上の写真を公開しただけで、委員の写真は公開しなかった。特に白世鳳委員の場合、2003年に委員選出されたが一度も顔が公開されたことがなく、一部では「白頭山の3つの峰を示し、金正日(キム・ジョンイル)総書記の次男、正哲(ジョンチョル)氏の仮名の可能性も」との推測もあったが、今回の写真公開はこうした憶測を払拭した。また、北朝鮮住民の監視担当という業務特性上、なかなか表に出なかった国家安全保衛部の禹東則副部長の顔が公開されたことも目を引く。
 北朝鮮が異例的に委員の写真まで公開したのは、金正日第3期体制で国防委と国防委員の地位と役割が強化されたことを反映したものとみられる。これはすなわち、国防委が依然健康状態の良くない金総書記を補佐し、実質的に北朝鮮を統治・運営する最高権力機関になったことを示す。
 過去には金総書記をトップとする1人の絶対権力により運営されたシステムが、金委員長の健康悪化に伴い、国防委という集団指導体制的な形態に変わるのではないかという観測も出ている。また、今回の最高人民会議では北朝鮮憲法を改正したと発表されている。具体的な内容はまだ公開されていないが、こうした国防委の位置付けと権能強化に焦点が合わせられていると考えられる。
 特に、金総書記の健康悪化が取りざたされて以降、実質的な統治者として浮上した張成沢党行政部長が国防委員に選出されたことを受け、今後の国防委は張部長が中心となり、軍事だけではなく政治・外交など北朝鮮の国事全般を主管し、張部長のパワーはさらに増大しそうだ。張部長は金総書記の後継者とされる三男の正雲(ジョンウン)氏の後見人として、労働党ではなく国防委を通じ後継体制構築を主導するといわれる。
 統一研究院・北朝鮮研究センターのチェ・ジンウク所長は、「従来は金総書記1人で直轄・分轄・人的統治方式で北朝鮮を掌握・運営してきたとするならば、健康悪化を機に、国防委という合意体的性格の機関が金総書記を補佐し大きな権限をもって統治するものと予想される」と話している。国防委が国政はもちろん、後継構図構築までの北朝鮮全般を率いるとの見通しだ。また、国防委は実権者の張成沢部長を中心に運営されると分析した。
 北朝鮮の朝鮮中央通信も、最高人民会議2日後の11日、国防委の委員全員の顔写真を世界のメディアに向け公開した。