2009-06-05
天安門事件から20年、犠牲者の母親にも監視の目

天安門事件から20年となることに合わせて、事件で犠牲となった息子を弔うために北京市西部の木[木犀]地地区を訪れようとした犠牲者の母親が、公安当局者に道を阻まれ、自宅に帰された。

天安門事件から20年、犠牲者の母親にも監視の目

昨日、天安門事件から二十年を迎え その後、如何変わったのか現実の中国を見てみよう
香港に拠点を置く中国人権民主化運動情報センターによると、同日が1989年の天安門事件から20年の節目となることに合わせて、事件で犠牲となった息子を弔うために北京市西部の木[木犀]地地区を訪れようとした犠牲者の母親が3日、公安当局者に道を阻まれ、自宅に帰された。母親はその後、別の場所に連れて行かれたという。香港のラジオ局・香港電台(RTHK)などが伝えた。

同センターによれば、事件の犠牲者の母親らが組織した「天安門母親運動」の発起人数人は今も公安当局の監視を受けている。うち1人の自宅周辺は3日朝から公安関係者ら十数人に取り囲まれ、外出を禁止されていた。(Record China)

今の支那の若者は、天安門事件そのものを知らないという。

無かった「南京大虐殺」を捏造して有ったことにし、有った「天安門事件」を無かったことにするのが、支那や南北朝鮮の凄いところだ。

、「中国は本当に民主化できるのか?」ということについて考えておきたい。
まず、「できるのか?」ということを考えるにあたっては、「出来ないとしたら、なぜなのか?」「いったい何が阻んでいるのか?」ということを明らかにするのが、一番の近道であるように思われる。

それでは、今まで見た中で何が障害となっているのか?
そうすると、すぐに二つのことが思い浮かんでくる。
まず、第1は、儒教的価値観の根本にある“礼”の規範を乗り越えてゆかないといけないということ。
そして、第2には、君主や皇帝といった優秀なリーダーを立てて、その方に国政を委ねるということは完全否定できないとしても、そういった「君主制と民主主義との両立をどのように調整づけて行くか?」ということであろう。
つまり、真に民主化することにおいては、皇帝や君主ならびにその側近の人々に全託するような形になるようであれば、それは民主化とは言えないのであって、そうならないように個人の教養をしっかりと補強してゆくことが求められるということだ。
国民の教養レベルをアップして、ある程度の高度な議論にも耐え得る国民層を充実させてゆく。
それがなされなければならない。
こういうことではないだろうか?

第1の考え方については、このように考えられる。
年長のもの、親や師といった方々を経験ある方々を尊重するのは良いのだけれども、それを固定化した関係としては用いないということに尽きる。
そういったことを、年長者・後継者ともに理解する必要があるということだ。
特に、最近の時代の流れは相当に速くなってきている。
うかうかしていると、一代の間でも、自らの陳腐化がおきてくる昨今である。
それゆえに、「年長者が年数を果ているから尊く、知恵が深いと推定される。だから、すべての判断において絶対権力を有していて、その判断が重んじられなければならない」
なんてやっていると、その組織体は多分滅びることになると思う。
あっというまに倒産である。
みるみるうちに崩壊である。
ゆえに、客観的に見て、年数によらず、経験の有無によらず、実力あるものや才能あるものが真に重んぜられるべきものとして重要な判断がなされなければならない部署に配置されると共に、その判断が有効かつ実効的なものとして機能できるように権限を持たせて行く、ということが最重要の施策である。
自分が時代遅れになっていることを、悲しいことではあるが自らが判断できなければならない。
しかしながら、往々にしてそうはならないことが悲劇を拡大する。
その理由は、くそまじめで組織を愛するものほど、自分の能力を超えてまで頑張ろうとすることが多いからである。
あっさりと、能力ある者に禅譲すれば良いのであるが、それが出来ない。
自分が落ちこぼれているということがわかるようなら、多分落ちこぼれていないだろうというパラドックスさえ生じてくる。
そこに、悲劇が生まれる。
自分が愛するもののためにあくまでも頑張ろうとすることが、悲しいことにその愛するものを滅ぼす原因となってしまう。
そうならないためにも、「出処進退は、自らが決める」「常に後進の育成に心を砕く」と、常に自分に言い聞かせておかなければならないのである。

不幸にも、自分で決められなかった場合はどうするか?
いや、どうなるか?ということ。
仮に、落ちこぼれたものが中間管理職であれば、飛ばされたり降格されればそれですむということだ。
しかしながら、それがトップ人事として起きてしまった場合には、いったいどうすれば良いのだろうか?
そのためにも、トップは、民意というものを大事にしておかないといけない。
民意は、ある意味、本当に正直なものである。
民意は、トップについて進退を迫ってくることがある。
その意思を、謙虚に受け止めなければならないだろう。
もし、それを聞き損ねた場合はどうなるか?
民意は自らの組織体から離れてゆき、優秀な人々が去り始める。
そして、残されるのは、自分を祭り上げて利益を引き出そうとする太鼓持ちばかりの集団と、自ら判断することなく唯々諾々とただただ従うのみの追随者の群れになる。
それが、清朝末期に現れた、西太后以降の混乱の最大の原因であったということだ。
“敬”のこころは尊い。
しかし、それは“合理的精神”をもって評価されないと、すぐに停滞のもととなるものでもある。
そして、底知れぬ堕落や腐敗の体質を生み出して行くことになるのである。
結局のところ、礼の心と合理精神を共存・両立させて行くことが求められているということに尽きてしまう。

第2は、国家を支える国民の“教育レベル”の問題である。
真の民主主義を機能させるためには、国家を構成する国民について、かなりの教育レベルが求められてくる。
なぜならば、為政者が行う政治の内容については、細部までに及ぶ専門的な知識を要求されるわけではないにしろ、「何が為されようとしているのか? どこに問題があるのか?」程度の判断がつかなければ、もはや民主主義を導入する意味がなくなってしまうからである。
無学文盲の烏合の衆が国会を形成するならば、その国は混沌と混乱の中に置かれることになる。
そうなるぐらいならば、少しなりとも教養のある一部のエリートに全託していた方が、まだしもまともな統治になるという意見も根強い。それは、民主主義が至高の原理ではないということでもある。
これが中国において、「袁世凱の暴政でさえ、共和制よりはまだマシだったのではなかったか?」といわれるている所以である。

国民がしっかりとした教育を受けてある程度の判断が出来るようになっていないと、本来なすべき判断さえすべて指導者にゆだねてしまうことになる。
それでは、いわゆる「すべて“おまかせ”政治」ということで、狂った独裁者を生み出す土壌にもなっている。ヒトラーでさえ、民主主義の中から正当な手続きを経て誕生して来たということを忘れてはならない。
結局のところ、中に暮らす人々が、それでしあわせになるならばそれで良いのであるが、往々にして、自らにせっかく与えられた人生を、砂糖菓子のような甘い補助金生活の中で無駄なものとしてしまう一部の人間と、逆に、超過酷な環境の下で自らを落ち着いて振り返る余裕さえ持てない収奪状態におかれて消耗させられつづけられる数多くの大衆といった世界に陥ってしまうことが多いので、常にチェックが必要とされる。

最終的には、自らの意にあわない状態に置かれ続けていることにぶち切れた民衆が一斉蜂起し、すべての原因を為政者断罪によって解決することで解決する道が選ばれる時がある。
それは、次なる大きな改革の波へとつながってゆくのではあるが、それだけでは解決するものではない!ということが重要なポイントである。
だから、制度的に議会を整え、選挙を行って、民主政治がなされるための“形”をつくることも大事なのかもしれないが、それよりもむしろ、その議会や国家を健全に支える“有徳な市民層”を創造することの方が、「何十倍・何百倍も大切なことである」ということなのだ。
そして、その実現は、まさに地道な“教育”を通してしか到達することが出来ない。
そういう、極めて重大な示唆にたどり着くということだ。

それで、結論であるが、中国の民主化は可能であるか?ということであるが、「まさに、今、この時代にこそ可能である」というのが答えである。
中国の歴史上初めて、真なる民主化への熱が高まってきている。
そのための土壌が形成されている。
一国二制度のもとの経済発展によって、実質的に近代化がなされた。
そして、民度が向上し、民主主義を実現できるレベルにかなり接近してきている。
このように考えることが出来るのではないだろうか?

民主派団体「香港市民支援愛国民主運動連合会(支連会)」の主催。91年のピーク時に1万人を記録した参加者数は、ここ数年低迷を続けており、事件の風化は確実に進んでいるようだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかし民主化の成就には気が遠くなる程の時間を有するかとおもわれる。