2009-07-24
麻生首相 「じいさん」の無念晴らした?

首相就任から約10カ月。麻生太郎首相はようやく「伝家の宝刀」を抜き、衆院解散・総選挙に打って出た。内閣も自民党も支持率が急落し、党内の「麻生降ろし」に苦しみながらも、自らの手で解散することにこだわり続けた麻生首相。その粘り腰は、常に模範としてきた祖父、故吉田茂元首相が5回目の解散に踏み切ろうとして周囲から反対され、退陣を余儀なくされた歴史と無縁ではなさそうだ。

 「衆院の任期が余すところ1年の時期に首相に就任した。いつ解散して信を問うかと、景気対策最優先の二つをずっと考えてきた」。首相は衆院を解散した21日の記者会見で、常に「解散」を頭に置いた政権運営だったことを明かした。途中で政権を投げ出した安倍晋三元首相、福田康夫前首相の後だけに「自ら解散することが天命だと思っていた」(周辺)という。

 その背景にあるのが、祖父の軌跡だ。吉田は47、48、52、53年の4回、解散を断行した。戦後の歴代首相では最多。48年は少数与党だった民主自由党を解散前の152議席から264議席に大躍進させた。しかし、47年は社会党内閣の誕生を許す敗北▽52年は当時の自由党内の反吉田派に打撃を与えるための「抜き打ち解散」で大幅議席減▽53年は内閣不信任案の可決を受けた「バカヤロー解散」で過半数割れ−−と結果は芳しくない。

怪奇

 昨年9月の就任以来、首相官邸の執務室の壁に5カ月分のカレンダーを掲げ、解散のタイミングを計ってきたが、麻生政権は失速。首相は自民党内の「麻生降ろし」に直面する。

 吉田も鳩山一郎ら反吉田派との対立で自由党が分裂した54年、5度目の解散をいったん決意。しかし、緒方竹虎副総理らに反対され、解散できずに退陣した。麻生首相は今回、東京都議選惨敗の翌日・7月13日に「21日解散」を予告する奇策で反麻生派の機先を制する。緒方と同様、副総理格の与謝野馨財務・金融担当相が解散に反対する構えをみせたが、この造反封じにも成功した。

 「じいさん」の無念を晴らした格好だが、その結果は世論の支持も党内の求心力も失った「最悪の時」(金子一義国土交通相)の解散・総選挙となった。(故人は敬称略)(毎日新聞)

厳しい表情の麻生太郎首相(右、酒巻俊介撮影)と、待ちに待った解散に笑顔をみせる民主党の鳩山由紀夫

報道によると、自民党の大島理森国対委員長は岩手県雫石町で講演し、民主党がインド洋での海上自衛隊の給油活動を政権獲得後も継続する方針を固めたことについて、「小沢民主党は給油活動に『断固反対』と言った。こんな政党に政権を任せられるか」と批判したそうだ。小沢時代、幹事長だった鳩山は執拗なまでに『断固反対』の姿勢を貫いていたはずだ。しかし政権交代が芸実になりつつある今になって「継続」を言い出したのである。また鳩山は「非核三原則が堅持される中で、(寄港容認という)現実的対応がされてきた側面がある。北朝鮮の問題も含め、必要性があったからこそ、現実的な対応がなされてきた。今後もその方向で考えるべきだ」と、核兵器を搭載した艦船の寄港を容認する発言をしている。外相時代の麻生総理が、核武装に関する論議を封じるべきではないという主旨の発言をしたとき、「非核三原則の国是に反する」と猛烈に批判した男の言葉とは思えないほどの変節ぶりで、そもそも非核三原則を国是と捉える政治センスには呆れるばかりだ。

短命政権は日本経済を駄目にする 日本の名目GDPと歴代内閣(写真:産経新聞

インド洋での給油活動継続発言も、核持ち込み容認発言も、すべては選挙での保守票取り込みのための偽装工作にすぎない。投票日まで約40日間、鳩山が同様の変節ぶりを連発する可能性は大で、それが現実のものとなれば、民主党の政策の本質は所詮選挙のためだけのもので、信念の伴わない中身のない絵空事だと認識することができる。言い換えれば、「政権さえ奪ってしまえばこっちのもの、後は野となれ山となれ」という無責任極まりない姿を露呈することとなるだろう。この点を有権者がどう捉えるかが問題だ。メディアがお祭り騒ぎで報じている「政権交代」の濁流に呑み込まれてしまうのか、或いは鳩山の変節を見抜いて、真に国を憂える候補者に一票を投ずるのか、有権者の賢明な行動を願うばかりだ。