2009-08-11
「民意を問え」という政治暴論

「昭和正論座」に関嘉彦氏の論説が掲載されて居「いまの国会に足りないものは率直な議論とユーモアであり、多過ぎるものは野卑な言動である」
指導者や政治家が、市民や消費者、労働者、国民、といった目に見えない集団の力におもねり、その力の前に平身低頭しているからだ その程度は今日さらに著しい。その結果、われわれは、今日の日本で、そもそも、「政治なるもの」が成立しうるのか、という疑問さえも発せずにはおれなくなっている。
結局、民主政の中で登場するのは、「支配される人々に似た支配者」となる。もう少し今日的にいえば、もっとも平均的な国民に似た政治家である。文字通り「国民の代表」としての政治家だ。


京大大学院教授 社会経済
佐伯 啓思 (さえき けいし, 男性, 1949年12月31日 - ) は、日本の経済学者、京都大学大学院人間・環境学研究科教授。専攻は社会経済学、社会思想史、政治思想。
雑誌『表現者 (雑誌) 表現者』の顧問を務めるほか、新聞、講演などで、精力的に幅広く活動しており、現代 (時代区分) 現代日本を代表する保守主義(真正保守)、現実主義の思想家、言論人という評価が確立している。
その思想、発言は、戦後民主主義の名の下に繁栄を遂げた戦後日本に懐疑の目を向け、そこには欺瞞がある、とする。右翼 右派、左翼 左派を問わず、理屈抜きに親米を貫く人に対しては、かなり手厳しい。特に、アメリカ同時多発テロ事件以降、アメリカ合衆国 米国は帝国主義化しているとして反米の姿勢を更に強調。日米の軍事同盟の再考を呼びかける。憲法改正論議についても、日米同盟が今以上に強固な物になるのでは、と危惧している。

以下産経新聞より引用

自民、民主両党の政策マニフェストも、一応、出そろって、選挙戦を待つのみとなった。この数年間、選挙となるとマニフェストというものが一人歩きして、両党とも、無理にでも差異を打ち出そうとする。今回もかなり具体的な政策に踏み込んで違いを強調しようとしている。具体的な政策を打ち出すのはよいが、しかし、あまり具体的に述べられても果たして有効な比較材料になるのだろうか、と思う。
記事本文のたとえば、行財政改革について、天下り、渡りの全面禁止や次々回からの世襲候補制限を打ち出す自民党案と、議員世襲と企業団体献金の禁止を打ち出す民主党案のいずれを選ぶのか、あるいは、3〜5歳児の教育費の段階的軽減を唱える自民党案と、中学卒業まで1人当たり年31万2千円を支給するという民主党案のどちらがよいのか、さらには、3年以内に無年金・低年金対策を具体化するという自民党案と、月7万円の最低年金創設という民主党案のいずれを選ぶのか。具体的ではあるものの、果たしてこんな選択ができるものであろうか。
 確かにマニフェストは一定の意味をもつ。しかし、それよりも、議員世襲や天下りの禁止などにみられるように、その政策が本当に必要なのかどうかという検討も不十分なまま、なにやら世論の支持をえるために、もっといえば世論にこびて、この種の政策がマニフェストによって既定化してしまう方が困ったことのように思える。
 しかし、ここで述べたいことは、両者のマニフェストの比較ではない。マニフェストに書かれていないことである。それは、ほかでもない、この十数年におよぶ構造改革の評価についてだ。
 いうまでもなく、この1年をとってみて最大の出来事は世界経済危機であった。日本もこの大波に翻弄(ほんろう)された。世界経済危機はアメリカ発であったが、日本がこの大波に翻弄された理由の少なくともひとつは、構造改革にある。経済構造改革は、基本的に、アメリカ主導のグローバル経済、とりわけ、金融グローバリズムを支持し、日本経済を積極的にその中へと投げ込む政策だったからである。
 だとすれば果たして、この方向がよかったのかどうか、これは本来、今回の選挙の大きな争点たるべきものだろう。しかも、構造改革のゆがみが、雇用問題や地方の衰退として顕著に現出している、といわれていたことを考えれば両党ともが、構造改革の評価についてまったく触れないのは、むしろ異常なことなのではなかろうか。
 とりわけ、自民党にとって、小泉構造改革は大きな打撃をもたらした。前回の郵政選挙は、郵政民営化の是非(ぜひ)という一点をめぐって自民党内に大きな亀裂をもたらし、結局、そのつけが今回の自民の衰退の直接的な原因となった。自民党は前回の郵政選挙の大きなつけを払わざるをえないのである。
 朝日新聞に面白い記事がでている。郵政法案の参院採決の1時間前、小泉首相と麻生氏が対面していた。
 麻生氏は、解散総選挙に持ち込んだ場合、選挙に勝てるか、と首相に問うた。返ってきた答えは、「勝てる」というものではなく、「それはばくちだよ」というものであった。
                   ◇
 麻生氏は、驚いて言った。「それでは選挙に踏み切るのは、民主党と政権を争うというより、内なる抵抗勢力を一掃するためのものですか」。小泉首相は「うん」といった…。
 小泉氏が「自民党をぶっこわす」といったのは、こういうことである。自民党を一丸として民主党と争うよりも、自民党内の抗争に勝利することの方が大事だったのである。そして、そのつけを自民党ははらわざるをえない。小泉政権のもとにあって、自民党は構造改革を支持したために、公式的には構造改革を批判できないのである。麻生氏が郵政民営化に批判的だったのは事実であろうし、構造改革からも距離をとっていたことは間違いないものの、上の経緯からしてこれを批判することはできないのである。
 一方、民主党はといえば、これも構造改革を批判しづらい。もともと民主党は構造改革推進派であって、彼らの主張は、「自民党では十分な構造改革ができない」というものだったからである。「構造改革」というこの十数年、日本の政治やマスコミをリードしてきた魔術がいまだに政治においてたちはだかっているのである。
 しかし、いつまでもそんなことはいっておれまい。明らかに世界経済は、グローバルな市場競争を無条件で是認する時代から、その次の新たなステージへと移行しようとしている。いや、移行しなければならない。このまま、過激なまでのグローバルな市場競争を続けてゆけば、もっとも大きなダメージを受けるのは日本経済であろう。
 この状況の中にあって、日本経済の長期的な方向をどのように舵(かじ)を切るかは、もはや待ったなしの重大事なのである。どうしてそのことが争点にならないのか、私には不思議でならない。構造改革の評価なしには、次のステージには移れないのである。両党ともメンツにこだわっている場合ではなかろう。この問題を避けて通るのでは、いくらマニフェストなどといっても体の良い官僚の作文とさして変わるまい。

北朝鮮に拘束されていた米国人女性記者が釈放されたことについて、日本のメディアは、元大統領で国務長官の亭主であるクリントンが金正日と会談し、直接交渉した成果の表れだと捉えているようだが、果たして本当に成果と言えるのだろうか?8年前を思い起こせば、そうでないことが容易に分かるはずだ。

アメリカは性懲りもなくまた金正日に手玉に取られてしまったようだ。1993年、北朝鮮が核不拡散条約(NTP)を脱退し核開発を行おうとしていた矢先、カーター元大統領が訪朝し、北が核開発を放棄する代償に軽水炉の建設を認めた。その見返りとして、朝鮮半島エネルギー開発機構創設し、日本に軽水炉建設費用の約3割を負担させたことがある。また核開発放棄の条件として、日本に北朝鮮の借金の肩代わりに450億円を出させている。アメリカにしてみれば、おとなしく良い子にしていれば近所のおじちゃんにお菓子を買って貰えるよう頼んであげるよ、という程度の話なんだろうが近所のおじちゃんの日本にしたら理不尽な話である。自国の主権を侵害され、同胞を拉致監禁されている日本に菓子を買ってやれとは言語道断である。結果はどうなったか、北朝鮮は国際社会を欺き、密かに核開発と続けていたのだ。

ノー天気な国際社会は中国を議長国にして六カ国協議などという役立たずの協議機関を作ったが、中国は無能で北朝鮮をコントロールできなかった、いや最初から北朝鮮サイドに立ち、北をコントロールする気など毛頭なかったのだ。日本は拉致問題を議題に含めようとしたが、反日マスコミは「日本は蚊帳の外」という常套句を使い、拉致問題を取り上げたら日本がはずされると危機感を煽って北朝鮮の味方をした。六カ国協議の目的は日本に核武装をさせないことと、日本から金を出させることの二つの目的しかない。日本は無意味な六カ国協議から早く脱退すべきだと思うが未だに抜ける気配も無く、協議は今や有名無実化している。

クリントンは女性記者二人を釈放してもらった見返りに金正日に何を約束したのか、まず考えられることは、北朝鮮を攻撃しないことと身代金を払うことの二つである。そうであるならば、そのツケは早晩日本に回ってくることとなる。日本はアメリカの言うなりに金を出して何かいいことがあったのだろうか、湾岸戦争で多額の金を出しておきながら、国際社会から「血も流さないくせに」と軽蔑されたのはついこの間の話であった。それもこれも日本という国が本当の意味で自立していないからである。

国際社会の中で国が自立するためには軍隊が要る、それも強い政治力を展開することの出来る強い軍隊が要る。そのためには国民の意識を改革して憲法を改正しなければならない。
自民党が立党した理由、党是はそこにあったはずだ。ところがその自民党が真正保守党としての機能を果たせず、いまや左翼民主党に乗っ取られかねないほど衰退している。自民党は今回の危機を糧にして結党の初心に戻って出直すべきである。